髪の悩みで兄弟談義

65歳の母の長年の悩みは薄毛。それは今に始まったことではなく、若いころからそうだったと母は言います。確かに、自分が子供のころ、母がドレッサーの前で長い時間、髪をいじっていたという記憶があります。子供心に「お母さんは化粧はあんまりしないけど、その分髪に力を入れてるんだな」と思って見ていました。もちろん、それが薄毛のためだとは知らないで。
ずいぶん前から母はウィッグを使っていて、ですから見た目にはほとんど変化がわかりません。そこが女心なのでしょう。息子にもウィッグを取ったところを見せたがらないのです。もっとも、こっちもあえて見たいとは思いませんが。
弟とは住まいが別で、あまり会う機会もないのですが、先日、久しぶりに二人だけで外で飲む機会がありました。二人だけで話すということはめったにないので、話はつきず、酒も進みます。お互いいい気分になったころ、弟が言いました。
「兄貴はいいよなー、おやじに似て」
「おやじ似はお前のほうだろ」私の顔は完全に母親似、弟が父親そっくりの顔なのです。弟は酔っぱらって言い間違えたのだと思いました。
「ちがうちがう。顔じゃなくて、髪。髪の毛」
「髪?」
「うん。兄貴、来年40だろ?だけど髪はぜんぜん問題ないじゃん。前からまったくかわってなくてさ。フッサフッサで。おれのが3つ下なのに、もうこんなだもん」
本人がいうほどには、薄くなっていません。ただ、年齢の割にはちょっとどうかな、という感じはたしかにします。前から気づいていましたが、きっと本人は悩んでるんだろうと思い、私から指摘することは遠慮していました。
「そんな、気にするほどじゃないよ。年相応だろ。誰だって年取れば薄くなっていくんだから」
「慰め、ありがとうございます」と弟はおどけて見せました。「けど、不思議なもんだよな。兄貴は顔はおふくろ似で髪はおやじ似。おれは真逆で、顔はおやじ、髪はおふくろに似ちゃったんだから。遺伝子っていったいどうなってるんだろ」
70になる父は母とは対照的で、すっかり白くはなりましたが、今でもふさふさしているのです。弟の言うように、われわれ兄弟は、両親の遺伝子をちょうどたすきがけにするように、受け継いだようです。
「髪、なんかやってるの?育毛剤とか」と聞くと、
「いちお、やってる。いろいろ試してるけど、特効薬っていうのはないんだろうな。その点、女はまだいいよ。おふくろだってウィッグしてるじゃないか。女ならおかしくないもん。男はそうはいかないだろ。そこが男の最大の悩みだよ。おれ、それだけは避けたいもんなー」
「でも今はずいぶん自然ないいやつがあるみたいじゃないか。本物と見分けがつかないような」
「いや、やっぱりわかるよ。それに、かぶってるってこと自体がいやなんだからさ」
兄弟ひさしぶりに水入らず。薄毛談義で夜は更けていきました。